<北京で蝶が羽を動かしたらニューヨークで嵐が起きた>


最近のカオス研究発展に画期的な寄与をしたのはアメリカの気象学者 ローレンツが1963年に発表した論文でした。

天気予報は各地点の大気の流れや気圧、気温などのデータをなるべく多く集めることで精度を高めることができると考えられていましたが、ローレンツはこの考えに疑問をもちました。
データ数を増やしても予報の精度が高まることを期待できないのではないかと考えたのです。

そこでローレンツは大気の熱対流運動を簡単化した微分方程式を 考え、コンピュータを使って数値計算した結果、周期的でない、不規則な運動があることに 気付きました。
さらにこの軌道が初期条件をほんの少しだけずらすとその差がどんどん指数関数的に 増幅していって大きくなることを発見したのです。
ほんのわずかな測定誤差が長期的には大きな誤差を生み出してしまうのです。

この現象には「初期値に対する鋭敏な依存性」という名前がつけられました。
「北京で今日蝶が羽を動かして空気をそよがせたとすると、来月ニューヨークでの嵐の 生じ方に変化がおこる」-バタフライ効果と呼ばれている例えです。
「データの精度を上げれば予測の精度は限りなく増す」というニュートン以来の常識的な考え方を覆えしました。

ローレンツの研究は10年近く注目されませんでしたが70年代になって評価され、様々な分野の基礎科学に大きな影響を及ぼしました。


メリーランド大学の数学教授であるヨークは、同僚の流体力学者から渡されたローレンツの論文「決定論的非周期的な流れ」の写しを見てびっくりしました。10年前の気象学誌に埋もれていたこの論文は数学的に不可能だと思われていたカオスを発見したものであり、また運動する流体の姿を目のあたりに出来るような現実的な物理モデルでもあったのです。
ヨークはその写しをトポロジー研究の第一人者であるカリフォルニア大学バークレー校の数学教授のスメール(カオスのイメージを理解するための基礎となったスメール馬蹄を創作)に送りました。カオスの数学的研究を進めていたスメールも、10年も前に気象学者がカオスを発見していることに驚いて論文のコピーを何十枚もとりバークレー中に配ったため、この革命的な論文がようやく注目を集めることとなりました。

その後、ヨークは1973年に台湾出身の大学院生リーと共同で「周期3はカオスを意味する」という論文を発表し、決定論的な無秩序の概念全体を初めて「カオス」という言葉で表現しました。 論文の数学的内容の新奇性と、少し謎めいたタイトルが「カオス」を広く一般にしらしめることとなりました。


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